競争熾烈なBtoBへ後発で参入 顧客視点に立ったスピード開発で信頼獲得

株式会社マネーフォワード(東京都港区)は、2012年の会社設立時からの製品である個人向けの自動家計簿・資産管理サービス「マネーフォワード」のほか、法人向けにクラウド型会計ソフト「MFクラウド会計」をはじめとする「MFクラウドシリーズ」を展開している。
法人向けサービスは、後発ながら今や2700を超える全国の会計士事務所で採用、2017年9月の東証マザーズ上場の原動力ともなった。しかし、BtoCを出発点に、競争の激しいBtoBへ参入して多くの顧客を獲得するまでには、数多くの課題や苦労があったはずだ。
同社がいかにしてその壁を乗り越えたのか、執行役員 MFクラウドマーケティング本部本部長の田平公伸氏とMFクラウド経費本部カスタマーサクセス部の成末庸平氏に話をうかがった。
お客様プロフィール

執行役員 MFクラウドマーケティング本部 本部長
田平公伸氏
MFクラウド経費本部 カスタマーサクセス部
成末庸平氏
設立 | 2012年5月 |
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従業員数 | 212名(2017年7月31日現在) |
資本金 | 18億6592万1000円 |
事業内容 |
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創業1年後にBtoBへ参入
会計ソフトのクラウド化を推進
- 富田
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まず御社のビジネスの概要とこれまでの流れについて教えてください。
- 田平氏
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弊社は、『すべての人の「お金のプラットフォーム」になる。』をビジョンに掲げ、個人向けに自動家計簿・資産管理サービス「マネーフォワード」を、法人向けに「MFクラウドシリーズ」というクラウド型の各種会計処理サービスを提供しています。
2012年の創業直後にリリースした「マネーフォワード」は、機能の充実や金融機関との連携拡大によって順調にユーザーを増やしてきました。家計簿に対し「継続が難しい」というイメージを持つ方が多いですが、私たちは手元のスマートフォン上でお金に関するあらゆる情報を一度登録すれば、入力作業そのものを不要にする「徹底的な自動化」を目指し、ユーザーの手間を省くことに注力してきました。
このサービス開始から1年半後に行ったお客様アンケートで、同様のサービスを会社の会計処理にも使いたい、という要望を数多くいただきました。その声に応えようということで、2013年11月に、「マネーフォワード For BUSINESS」(現「MFクラウド会計・確定申告」)をリリースし、以降ユーザーからいただくご要望に応える形で法人向けの「MFクラウドシリーズ」のプロダクトラインナップを広げていきました。
- 富田
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最初はBtoCからスタートして、ユーザーのニーズに応える形でBtoBへ進出されたのですね。「MFクラウドシリーズ」はどのような顧客層を対象としていますか?
- 田平氏
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それぞれターゲットが分かれていて、主力の「MFクラウド会計・確定申告」は、個人事業主や中小企業がエンドユーザーです。加えて、両者をクライアントとする全国の会計士事務所様も大事なお客様です。一方、クラウド型経費精算システム「MFクラウド経費」については、中小企業だけでなく1万名規模の大企業にもご導入いただくなど、ユーザー層はどんどん広がっています。
- 富田
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競争の熾烈な法人向けサービスに後発で参入するのは大変だったと思います。当時、どんな課題がありましたか?
- 田平氏
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BtoB業界においては知名度が低かったため、いかにユーザーに知っていただけるかが課題でした。一方で「MFクラウド会計・確定申告」には、個人事業主は月額800円、法人でも1,980円からでも利用できるという、有料サービスの中でお手頃な価格設定など、さまざまな強みがありました。そこで、まずはその強みをオンラインで訴求し顧客獲得を目指しました。しかし実際には、メールやWeb広告を駆使しても、法人の潜在顧客の一部にしかリーチできない状況でした。
また当時、クラウド型はインストール型と比べてわずかに反応速度が遅いというデメリットがありました。また、大手の会計ソフトにはあって「MFクラウド会計・確定申告」にはない機能もその当時は多かったです。そのような事情もあり、クラウド会計のメリットを実感していただくのはとても大変でした。
会計ソフト市場全体に占めるクラウド型のシェアは、年々高まっているとはいえ、現在でも10パーセント程度です。クラウド型会計ソフトは、「OSに依存せずMacユーザーでも使える」「年に数回の買い換えをしなくても常に最新のバージョンが使える」等のメリットを伝えても、実際に業務行う方からすると、使い慣れたソフトを新しいものに切り替えるのは相当なストレスで、「クラウド型のメリットはわかるけど......」と導入するまでにはなかなか至りませんでした。
自社制作の紙媒体とセミナーで直接的な顧客接点の拡大を重視
- 富田
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そうした課題がある中で、どのような営業やマーケティングに取り組んだのですか?
- 田平氏
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ターゲットによりアプローチ方法を変えました。個人事業主の方にはSEO対策し、Webサイトからの流入を中心にマーケティングを行いました。
一方、企業や会計事務所様向けにはできる限りオフラインで営業・販売をするようにしました。理由は、中小企業向けのアンケートから、会計ソフトの選定を会計事務所様が決定している場合が一番多いことがわかっていたからです。会計事務所様は全国にいらっしゃいますので、私たちも全国に支社と営業体制をつくり、電話営業や訪問をし、個別でのアプローチを繰り返しました。
会計事務所様とのコミュニケーションの1つとして継続的に続けているのが、弊社で制作している小冊子「MFクラウド通信」です。これを発行する以前は、会計事務所様が購読する誌面に広告を出稿を検討していましたが、すでに大手会計ソフトも広告掲載をしており、弊社サービスのメリットを詳しくお伝えすることができませんでした。このままでは、弊社サービスを導入したユーザーの声や、どれほど業務が効率化できるかという強みをお伝えすることができません。
それなら自分たちで媒体を制作しようと決めて、「MFクラウド通信」を2014年に創刊しました。現在も毎月全国の会計事務所様にお送りしており、通算30号を超えています。
- 富田
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既存顧客でない事務所にも配布しているのですか?
- 田平氏
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はい、配布しています。加えて、単に冊子を読んでいただくだけでなく、できるだけ直接お会いできる機会を作るために、弊社が全国で開催しているセミナーの情報を巻末に載せています。最初はなかなか参加のお申込みが少なく、たったひとりということもありました。しかし、少ない人数であってもまずは見込みのお客様との対面での接点を増やすことを重視しました。また、会計士事務所様に特化したマーケティングチームをつくり、「MFクラウド通信」の企画制作だけでなくセミナー、勉強会などのイベントの企画運営も行いました。
- 富田
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毎月取材して全国の会計事務所へ配布するとなると、それなりに手間もコストもかかります。それでもメールではなく紙媒体を選んだ理由は?
- 田平氏
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もちろんメールやWebでの情報発信も行っていますが、紙媒体のほうが弊社のサービスやお伝えしたい対象の方との親和性が高かったからです。徐々に紙媒体との差は縮まってきていますが、セミナーの集客経路を見ると、まだ紙媒体からのお申込みが多いです。紙媒体なら事務所に置いていただけますし、事務所内外の様々な方の目に触れる機会もありますから。
顧客の要望を即座にサービスに反映
信頼を高めて解約率を抑制
- 富田
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会計事務所に対して、御社のサービスの売りになったポイントは?
- 田平氏
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「MFクラウドシリーズ」の最大の強みは、振込や出入金における日付・金額・摘要欄などの情報を金融機関から自動で取得できるといった、「企業に対して高い生産性を提供できる」点だと考えています。預金通帳から手入力で間違いがないかを確認する、といった従来のインストール型ソフトで発生していた余計な手間を省けます。
また、クラウド上にデータを持つことで、最新データをリアルタイムで共有できるのも大きなメリットです。今までは、会計事務所様と経営者でそれぞれのパソコンに同じソフトをインストールして、その都度会計データのファイルをダウンロードしてメールでやりとりをしたり、プリントアウトしてファクスで送信していました。クラウドなら、そのようなやり取りが不要でどこからでも最新のデータにアクセスできます。このように、企業をサポートしている会計事務所様と顧問先との連携において生産性向上に直結する点をお伝えしています。
- 富田
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そうしたクラウド特有のメリット以外の御社のサービス独自の強みは?
- 田平氏
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サービス開発のスピードです。今でも弊社の代表の辻(辻庸介・代表取締役社長CEO)自身が会計事務所様に訪問して、先生方から「この機能が足りない」「この帳票のここの配置が使いづらい」といったサービスに対する意見をヒアリングしています。そのような意見や要望を開発メンバーがいち早くサービスに反映させることで、先生方から「この会社は自分たちの要望に応えてくれる」という信頼が得られ、結果的に他の会社には言えなかった「実は...」というお困りの点を聞くことができます。そうしてサービス自体を進化させていくと同時に、お客様との信頼関係を強化していくことに最大限のリソースを投下してきました。
- 富田
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お客様の声に耳を傾けて、スピードをもって対応し、信頼感を高めたことが成功の秘訣ということですね。
- 田平氏
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そうですね。信頼感を高めることは、サービスの解約抑止にもつながっていると思います。解約率が低ければ、サービス単価は安くてもLTV(顧客生涯価値)で見ると大きくなります。弊社のサービスは月々800円からという安価で提供しているため、マーケティングの費用対効果はLTVでも見るように意識しています。
ペルソナとカスタマージャーニーを明確にし多数の見込み顧客・大型案件の獲得に成功
- 富田
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マーケティングに関しても、当初はご苦労があったと思いますが、失敗したエピソードがあれば教えてください。
- 成末氏
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私が担当している「MFクラウド経費」のマーケティングでの話ですが、あるテンプレートサイトで、経費関連の資料をダウンロードする際に弊社製品の資料請求も同時に行う、という広告メニューがありました。安価なこともあり、若干強引にコンバージョンさせる仕組みを利用していました、一方でリード獲得はできたものの、そこから案件化するのが難しく、インサイドセールス担当を悩ませてしまった経験があります。
- 富田
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そういう苦い経験を踏まえて、どのようなことを感じましたか?
- 成末氏
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やはり「User Focus」を意識することが大切だと認識させられました。私自身、経理の経験がなかったため、そもそも経費精算や請求書処理にはどんなプロセスがあり、何が課題なのか、といった現場の実状を理解できていませんでした。
そこで、まずはペルソナ(ターゲットの人物像)とカスタマージャーニー(ターゲットがサービスを知り、最終的に購買するまでの、「行動」、「思考」、「感情」などのプロセス)の作成から始めました。お客様へのインタビューや、社内のメンバーとのディスカッションを通して、独りよがりでない、経理担当としての目線で求められる情報発信を心がけました。
- 富田
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その結果、どんな成功例が生まれましたか?
- 成末氏
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先ほど田平が申し上げたように、経費精算システムを利用するお客様は、失敗が許されない経理業務のなかで信頼性や安全性を非常に重視します。それゆえに、信頼性と効率性とのはざまで常に揺れていて、両方を担保できないとシステム導入に踏み切れないとお考えの方も多いと感じています。
そこで、弊社のサービスの良さや安心感を広めるべく、マスメディアとのPRを仕掛けました。広報部門と連携して弊社サービスの安全性や業務効率化のポイントを整理し企画した結果、テレビ番組で放送されました。多くの企業様からお問い合わせいただけたこと、イベント等で初めてお会いする方に「テレビを見たよ」と言っていただけたのはとても嬉しかったですね。もちろんプロダクトには自信がありましたが、ペルソナとカスタマージャーニーに沿ったコミュニケーションを行なった結果、きちんと数字に表れたということが実感できました。
- 富田
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なるほど。他社のマーケティング担当者にアドバイスするとすれば、ほかにポイントは?
- 成末氏
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社内の情報を活用する点ですね。社内の各部門、営業やカスタマーサポート、私の担当分野に限っていえば、とりわけ経理部門は非常に貴重な情報を持っています。マーケターとして、部門間のコミュニケーションを促進し、社内に眠っている情報を引き出す"コンダクター"の役割を担えることは面白いことだと思っていて、それこそがチームワークだと考えています。
皆でやっていこうという雰囲気作りや互いのリスペクトが大切です。各部署の日々の業務に配慮し、気持ちよく話し合える状態を作り出せるよう意識しています。
- 富田
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見込み顧客の育成についても、工夫していることなどがあれば教えてください。
- 成末氏
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見込み顧客の育成に関してはMA(マーケティングオートメーション)を利用しています。そこで得たデータはCRMツールに送り、商談につながりそうな適切なお問い合わせは、インサイドセールスやフィールドの営業担当者と連携します。そうではないものは、MAやWeb接客ツールを使ってコミュニケーションが取れるよう、基盤を少しずつ作っています。
そこで意識している点が、データと「User Focus」がうまく噛み合うような動き方をすることです。まずはユーザー理解ですが、データが計測可能な状態でなければ、たとえ営業やマーケティングに成功しても再現性がありません。施策に落としたときに計測可能な状態にしておくこと、再現性を出せる状態にしていくことが重要だと感じています。弊社では常時複数のキャンペーンを展開していますが、それぞれのキャンペーンごとに細かく反応を計測しています。
クラウドをより有効に活用し企業の豊かさや個人の幸せにつなげたい
- 富田
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最後に、お2人は御社のサービスを通じてどのような社会を実現したいと考えていますか?
- 成末氏
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「MF クラウド経費」が実現したい世界は、経費精算の時間をゼロに近づけることです。経費精算に割く時間自体は、企業にとっても従業員にとっても何も生み出さないと思っています。
弊社のクラウドサービスを使えば、わざわざ会社に戻って経費精算をしなくても、モバイルを使って外出先から経費精算を終えることができます。弊社の営業マネージャーの受け売りなのですが、「経費精算の時間が減らせれば、お客さまと向き合う時間や、家族と過ごす時間が増やせる。月末、月初でも、例えばケーキを買って家に帰ることができる。」そうなれば素敵だと思いますし、そういう世界観をテクノロジーの活用で伝播させていきたいと思います。
- 田平氏
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私がこの会社で働く目的とも一致するのですが、個人のお金に関してもっと能動的に動けるようにサービスを提供したいです。このままいくと、世の中は少子高齢化でマイナスな要素が結構多いですよね。お金の面については、多分今よりも負荷が高くなると思いますが、そこをセルフサポートできるような状態を作れたらと考えています。例えば、個人向け家計簿のツールをどんどん進化させていくとか。
あとは、企業の生産性をもっと高めたいです。企業の生産性が高まって収益が上がれば、個人の収入アップにもつながる。今まで5人でやっていた仕事を1人でできたら、個人の収入は倍にだってできるかもしれません。今後さらに人口が減り、働き手が不足していく中で、我々世代が生産性向上を実現できるかどうかがますます重要になってきます。現在私はBtoBに携わっていますが、その仕事も最終的には個人の幸せにつながることだと考えています。そういう点でも、BtoBはすごく面白いと思いますね。
- 富田
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貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
急成長のマネーフォワード様には多くの秘訣がありました。
- クラウドの特性を十分に活かしたサービス作りと、その訴求法
- リアル・ネットの両方でマーケティング施策にチャレンジしてきたこと
- 部署を超えた社内のチームワーク
とても学びの多いインタビューでした。ありがとうございました。